読売Bizフォーラム中部講演概要

「働き方改革」で社会は変えられる

村木 厚子  氏 全国社会福祉協議会会長

開催日2024年9月4日 (水)
会場 ホテルグランコート名古屋「ローズルーム」(名古屋市中区金山町1-1-1)/開場・12時45分 開演・13時30分

 村木厚子・全国社会福祉協議会会長が「『働き方改革』で社会は変えられる」と題して、約70人を前に講演しました。

 村木さんは、厚生労働省での政策立案経験を踏まえ、少子高齢化による社会保障費の負担増を将来に先送りしないことが「働き方改革」の源流にあると説明しました。

 女性が働くことで、少子化が加速するとの見方に対し、「働くことも家族をもつこともあきらめない国がある」と海外のデータを例示。日本も仕事と家族の両立をあきらめず、持続できる勤務スタイルを整える必要性を強調しました。

 具体的には働き手の子育て、介護などの多様な状況に応じて、勤務時間帯を柔軟に考える企業の実践事例などを挙げて、多様な働き方への経営者や管理職の理解を求めていました。

講演の概要は以下の通りです。

■なぜ改革か

 政府は10年ほど前から熱心に「働き方改革」に取り組んできた。そこには少子高齢化で社会保障費が急増するため、働き手を増やしたいという本音があった。

 日本の人口は2110年に約4200万人に減る推計がある。高齢者が増え、社会保障費が財政を圧迫する。国債発行のつけを子や孫の世代に回してはならないとして議論したのが「社会保障と税の一体改革」。社会保障費の伸びを抑えつつ、歳入を増やすために消費税を10%に引き上げた。

 国民から見れば福祉サービスが減り、負担が増える嫌な政策だ。こうした痛みを伴う改革以外に方法はないかと考え、見えてきた答えが働き手を増やすこと、とりわけ女性活躍だった。

 政府の背中を押したのは、子育て世代の女性の就業率と出生率に関するデータだ。多くの先進国で現役世代の女性就業率が高いほど出生率も高いが、日本は就業率、出生率ともに低い。これは仕事と子育ての両立を促す国と、どちらかを諦めて放っておく国の二つがあることを意味する。

 日本で仕事と子育ての両立が難しい理由として、職場に家族を大事にする雰囲気がないという調査結果が出た。夫の家事・育児関連時間も欧米と比べて短い。こうしたことから、働き方改革に踏み切った。

 私自身の反省も込めて言うと、政府は当初、女性に対する政策を中心に考えていたが、第2子以降の出生は夫の家事や育児参加が重要になる。共働き世帯が増え、専業主婦の家庭は減っている。現在は男性の育児休業取得なども進んできたが、働き方への認識は世代間ギャップも大きく、政府や経営者も頭を切り替えないといけない。

■3つの柱

 やるべきことは三つある。まずは長時間労働の廃止。健康を維持し、家庭を大事にし、リスキリング(学び直し)ができる時間を持てる仕組みが必要だ。

 二つ目は柔軟な働き方を許容すること。子どもが熱を出したから帰る、親の介護の相談時間を確保する、別の日に残業するなどの柔軟さが大切だ。

 三つ目が同一労働同一賃金。日本の組織は一律管理が好きで、みんなと同レベルで働けない人に低い評価をしがちだ。会社への貢献度に応じて給与を支払う公平な仕組みができれば、柔軟な働き方が可能になる。

 働き方改革は社会で重要性が認識されているが、個々の組織になると十分に進んでいない。改革に時間がかかるし、今はゆとりがないという意識も強い。

 ただ、ダイバーシティー(多様性)を進めることの面白さはいくつもある。静岡県の農場で、特別支援学校の卒業生の雇用を機に農作業の方法を変えたところ、人手不足が解消されて収益も出るようになった。1年ほど前まで社外取締役を務めた伊藤忠商事では深夜残業を原則禁止して朝型勤務に切り替えたところ、子どもを持つ社員が増え、人材の定着に一役買っている。

■個人

 働き方改革は個人にとっても大切だ。人生100年時代、健康や学び、豊かな人間関係といった資産がなくては、楽しく暮らせない。長時間労働とは相いれないものばかりだ。

 悩み事を相談できる友人数を世代ごとに比較すると、女性は世代で変化があまりないが、男性は高齢になるほど友人がいない人が増える。孤独は喫煙や過度の飲酒、肥満より死亡率に与える影響が大きいそうだ。

 経済協力開発機構(OECD)の調査では、日本は技術や人材の面で優れているが、異なるグループと共同で何かを成し遂げる力が弱いという。異なるものを受け入れ、欠点を克服できれば、日本はまだまだ強くなるのではないか。

     ◇
 
◎質疑応答

 ――女性は昇進したがらない、という指摘をどう考えるか。
 昇進できない理由に「無意識の差別」があるとされる。白人ばかりの米交響楽団で、受験者が演奏する際にカーテンで見えないようにしたところ、女性や有色人種の団員が増えた例もある。無意識の差別を考慮に入れ、会社の仕組みを作ることが必要だ。

 ――出産を機に家族の勧めで退職する社員がいる。企業は介入すべきか。
 意思決定に介入するのはやりすぎだが、制度の周知や研修を通じた情報提供などは、やってもいいだろう。当事者は育児という目の前の課題に目が向くが、やめてしまうと生涯所得ではずいぶんと差が出る。仕事の魅力や、働きがい(のアピール)が大切だ。

 ――逮捕、起訴された時に支えになったものは。
 まずはプロの手を早く借りた。家族や友人、職場が信頼してくれたことも大きい。また、子どものために途中で折れず、最後まで頑張ろうと考えた時、強くなれたと思う。

講師プロフィール

  • 村木 厚子  氏 全国社会福祉協議会会長

    1955年高知県生まれ。土佐高校、高知大学卒業。

    78年労働省(現厚生労働省)入省。2009年、郵便不正事件で有印公文書偽造等の罪に問われ、逮捕・起訴されるも、10年に無罪が確定、復職。13年から15年まで厚生労働事務次官。

    退官後は津田塾大学客員教授を務めるほか、企業の社外取締役なども務めている。また、23年からは全国社会福祉協議会会長を務めている。