読売Bizフォーラム中部:講演概要
城から読み解く武将の決断
千田 嘉博 氏 城郭考古学者•名古屋市立大学高等教育院教授•奈良大学特別教授
城郭考古学者の千田嘉博・名古屋市立大教授が「城から読み解く武将の決断」と題し、約70人を前に講演しました。
千田教授は、織田信長以前の武将は家臣らの住まいと自らの住居に決定的な差異を設けなかったが、信長は、山上に城を設けて石垣を築くことで、家臣らの屋敷と物理的な高低差を生み出したと説明しました。当時としては画期的な転換で、「信長が自らを頂点の存在として、階級的な社会に変えていこうという意志を感じる」と語りました。
また千田教授は、日本の史跡整備は、バリアフリーの観点からの取り組みが遅れていると指摘。天守閣の木造復元計画がある名古屋城について、「目が見えてよく聞こえるという人しか楽しめない城ではなく、開かれた城になることを期待する」と訴えていました。
講演の概要は以下の通りです。
■家臣と横並び
戦国時代の大名は、上杉謙信や武田信玄など、果断に決断して行動するイメージがある。ただ城づくりから見ていくと、多くの場合、家臣と横並びで住居がつくられていて、突出した強い権力を持っていないことが分かる。
戦国時代の武士の館は当初、平地にあったが、戦いが激化する戦国後期になると、安全な山の上に移った。必ずしも偉い人の住居が一番高い位置にある形になっていない。殿様を見下ろす位置にも家臣が住んでいた。
これを意思決定の方法で考える。戦国大名が何かを決断する際、実行前に家臣たちが「わかりました」と決裁のサインをする必要があったことが、古文書などから分かっている。重臣が賛成してくれないと何もできないのが実態だった。突出したリーダーシップが乏しかったから、家臣と同じ高さの土地に住んでいたと言える。
重臣の意見にしばられ、意思決定に時間がかかった。しかも重臣同士が足の引っ張り合いをして、やるべきことができなかった。
■そびえる天守
そこに現れたのが織田信長だ。小牧山城、岐阜城、安土城の三つの城を見ていきたい。信長は「桶狭間の戦い」に勝利した後、小牧山城をつくったが、従来の城と立地が全然違う。横並びではなく、高いところに自らが住む本丸があり、家臣と差をつけて従来の関係を大きく変えようとした。
岐阜城は山の上に天守閣がある。そして麓に館跡がある。今ではロープウェーがあるくらい高い位置にある天守閣だから、信長は麓の館に住んでいたと思うのが普通だ。山の上に住むのは麓との行き来で体力を消費する。しかし、キリスト教宣教師のルイス・フロイスの記述をみると、信長は隔絶した高みに(ある天守閣に)住んでいたことが分かる。
その後つくったのが安土城で、石垣づくりだ。家臣の屋敷を見下ろすところに本丸の表御殿がある。表御殿の一番高いところに信長の執務室があり、さらに7階建ての「天主」がある。信長は家臣が天主を見上げるように設計し、いかに自分が偉大かを城で表現した。信長は、自らが目指した天下統一という理想と、実現に必要な強いリーダーシップを城づくりに反映させたと言える。
■武士社会
中世の街では、寺が宗教的な権威で中心に位置することもあるわけだが、江戸時代は城下町の外れにある。武士の理屈で配置された。戦国時代に一向一揆などで武士が宗教勢力に勝ち、屈服した寺は周辺に行く。城とその周辺はこうした力関係が表れる場所だ。
こうしてみていくと、実は城の形の中に、当時の大名がどのように新時代の家臣との関係を構築していくか、あるいは城下の人たちとの関係を作り直していくかが表れている。
◎質疑応答
――被災した首里城、熊本城はどれくらいで復元するか。
どちらも長い時間がかかる。首里城は半焼を含めた8棟が直るには、おそらく30年以上はかかると思う。熊本城も、まだ25年ほどかかる。これは、一つは伝統の技術をもとに直さないといけないからだ。文化財としての価値を保ちつつ、現在の技術を入れていかに耐震性のある建造物をつくるか。どの工法を入れたらベストか、どこまで文化財の本質的価値を保った石垣といえるかなど、ぎりぎりの議論をしているので時間がかかる。
――名古屋城の再建はいつ頃か。
正直、見通しは立っていない。国の史跡のなかで、なにかをするのは法律用語で現状変更というが、現状変更行為は文化庁の許可がいる。例えば名古屋城の場合、石垣は本物で絶対的な価値がある。本物の石垣を壊さずに天守の建物を建てられることを証明しないといけない。バリアフリー対策についても検討する必要がある。開かれた城になることを期待している。
講師プロフィール
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千田 嘉博 氏 城郭考古学者•名古屋市立大学高等教育院教授•奈良大学特別教授
1963年生まれ。城郭考古学者。大阪大学博士(文学)。国立歴史民俗博物館助教授、奈良大学教授・学長などを経て、現在は名古屋市立大学高等教育院教授、奈良大学特別教授。
この間、ドイツ考古学研究所、イギリス・ヨーク大学に留学、ドイツ・テュービンゲン大学客員教授を務める。2015年に優れた考古学者に与えられる濱田青陵賞を受賞。
著書に『信長の城』岩波新書、『城郭考古学の冒険』幻冬舎新書、『歴史を読み解く城歩き』朝日新書など多数。