読売Bizフォーラム中部講演概要

世界を席巻するハイブリッド戦争の脅威

廣瀬 陽子  氏 慶應義塾大学総合政策学部教授

開催日2024年5月31日 (金)
会場 名古屋観光ホテル「曙の間」(名古屋市中区錦1-19-30)/開場・12時45分 開演・13時30分

 慶応大の廣瀬陽子教授が「世界を席巻するハイブリッド戦争の脅威」と題し、65人を前に講演しました。

 ハイブリッド戦争は軍事力のほか、サイバー攻撃やプロパガンダといったソフト面の手法も織り込んだ戦い方を指します。

 廣瀬教授は日本の課題はサイバー攻撃への脆弱(ぜいじゃく)さと情報リテラシーの低さにあると指摘、生成AI(人工知能)の存在により偽情報が拡散しているとして、「ファクトチェックの習慣づけが非常に重要になる」と述べました。

講演の概要は以下の通りです。

■三つの段階

 ハイブリッド戦争とは、政治的な目的を達成するため、サイバー攻撃やプロパガンダなど様々な手法を組み合わせた戦争のことで、ミサイルや戦車といった武力の行使、正規軍による戦闘以外を含めた戦争の概念をいう。

 この手法を用いているのがロシアで、中国も行っており、脅威と捉えなければならない。イランも用いており、米国も行っている。

 ハイブリッド戦争に対する理解の仕方は様々だが、戦争を三つの段階で捉えると分かりやすい。

 まず、基本的に死者が出ないフェーズ1だ。使われる手段として、サイバー攻撃や宣伝戦、政治的な脅迫などが挙げられる。次にフェーズ2として、相手国の住民に恐怖を与える軍事的脅迫が分類される。最後に、ミサイルや戦車といった武力を使ったフェーズ3、つまり我々が今、ウクライナで目の当たりにしている状態が挙げられる。

 フェーズ1のサイバー攻撃は、ハイブリッド戦争の主軸となる。東京五輪・パラリンピックでは大きな被害は受けなかったが、日本を標的とする攻撃が行われた。エストニアは2007年、ロシアのサイバー攻撃で政府や金融機関の機能に影響が出るなど深刻な打撃を受け、国民の間に政府への不信感が広がった。サイバー攻撃自体、死者は伴わないが、仮に原発に仕掛けられて(成功させてしまうと)甚大な被害が起こりうる。

 攻撃の主体は様々で、ロシアの場合は露軍参謀本部情報総局(GRU)のほか、旧ソ連の情報機関・国家保安委員会(KGB)系の二つの組織が外国に向けサイバー攻撃を仕掛けている。GRUは犯罪者とも連携している。

■制裁

 ハイブリッド戦争の新しい展開として制裁が挙げられる。(ウクライナ侵略で)ロシアのロジックは、欧米が対露制裁でハイブリッド戦争を仕掛けてきたので、報復措置で対抗しているというものだ。通常であれば善意の外交である「ワクチン外交」も、北大西洋条約機構(NATO)は、(提供により影響力の拡大を狙う)中露によるハイブリッド戦争だと定義し、世界の分断につながる脅威と捉えている。

 (ロシアによるウクライナ侵略で)国際社会は大きな被害を受けている。エネルギー価格は高騰し、輸送費も上がり、世界規模のインフレが止まらない。インフレに輪をかけているのが食糧問題だ。世界の小麦の約3割を供給していたのがロシアとウクライナだ。ウクライナの穀物が黒海から輸出できなくなり、安い穀物を買えなくなった中東やアフリカの国々は困窮した。

 国連など国際秩序を維持する組織が機能不全に陥っている。国連で「一票」を握るグローバルサウスの国々が存在感を示しており、ロシアに対する非難決議に反対や棄権をしている。グローバルサウスの存在は対露制裁の抜け道にもなっている。欧米や日本も取り込みを図っているが、ロシアと民主主義陣営の間で、どちらか一辺倒になることはない。

 (ロシアによるウクライナ侵略で) 中国はロシアの動きを見ながら、台湾に侵攻した場合の米欧の反応を模擬的に探っているはずだ。

■日本の課題

 ハイブリッド戦争は日本にとってひとごとではない。日本はサイバー攻撃に非常に弱い。専守防衛にこだわらず、東京五輪でのサイバー攻撃に備えて「ホワイトハッカー」を育成したが、より対策を強化すべきだ。

 情報リテラシーが低いという問題もある。偽情報やフェイクニュースに振り回され、国家が疲弊する可能性が非常に高い。生成AI(人工知能)やAIの翻訳機能が高まってくる。ファクトチェックの習慣づけが非常に重要になるだろう。

講師プロフィール

  • 廣瀬 陽子  氏 慶應義塾大学総合政策学部教授

    慶應義塾大学総合政策学部卒、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、同博士課程単位取得退学。学位は博士(政策・メディア)(慶應義塾大学)。

    慶應義塾大学総合政策学部講師、東京外国語大学大学院地域文化研究科准教授、静岡県立大学国際関係学部准教授、等を経て現職。専門は国際政治、旧ソ連地域研究。国家安全保障局顧問(2018-20年)など政府の役職への就任も多数。

    主な著書に、『コーカサス 国際関係の十字路』集英社新書(08年7月)【第21回「アジア・太平洋賞」特別賞受賞(09年)】、『未承認国家と覇権なき世界』NHK出版(14年8月)、『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』講談社現代新書(21年2月)など多数。