読売Bizフォーラム中部:講演概要
「習近平中国」の特徴と米中関係
垂 秀夫 氏 前駐中華人民共和国特命全権大使・立命館大学教授
中部経済の未来と地域づくりを考える「読売Biz(ビズ)フォーラム中部」が3日、名古屋市で開かれ、前駐中国大使の垂(たるみ)秀夫・立命館大教授が「『習近平中国』の特徴と米中関係」と題し、約70人を前に講演しました。
垂氏は、中国は共産党による一党独裁が続くが、習近平国家主席の統治下で「一人独裁になった」と指摘し、国家の目標も経済成長から安全保障の重視に変化したと解説しました。また、外交姿勢も強硬になり、国際秩序を変えようとする姿勢が目立つとしました。
一方、米国のトランプ大統領は「中国からすれば極めて都合が良い。民主化も人権問題も指摘せず、国際社会のリーダーの地位を自ら壊している」と語りました。懸念されるのは、台湾問題やハイテク製品の中国への供与制限などでトランプ氏が中国に有利な合意をしてしまう事態だとし、日本政府には「リーダーを決め、物価高に対応し、外交に注力しないと大変な状況になる」と注文しました。
講演の概要は以下の通りです。
■自国ファースト
3日、中国でロシアと北朝鮮の指導者も集い、「抗日戦争勝利80年」記念の軍事パレードが行われる。
米国のトランプ大統領、ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席――。新たな三国志演義が始まった。
ロシアはウクライナに侵攻した。我さえ良ければ良いというものだ。中国は上海協力機構(SCO)を開催して各国の指導者を集め、軍事パレードにつなげた。中国中心の国際秩序の構築で、自分中心だ。
我が同盟国の米国は同盟国に関税を課す。米国ファーストで米国さえ良ければ良いという。
これに対し、日本では自民党の総裁を巡る議論が続く。我々の国益がどうなるか、危惧せざるを得ない。
■安全保障を重視
外務省で約40年間、中国関係について担当した。習近平体制となり中国は大きく変わった。共産党の一党独裁は変わらないが、一人独裁になった。習氏1人に権力が集中した。毛沢東時代と似ている。鄧小平、江沢民、胡錦濤の各指導者の頃は集団指導体制だった。
習氏には野心があり、総書記、国家主席に就き、軍を抑えた。軍の大改革を実行した。毛沢東のようになろうと軍を抑えたのだ。
胡錦濤氏から習氏への権力移譲の過程では、胡錦濤氏は側近のスキャンダルもあり、権力を失い、習氏は比較的動きやすい立場だった。汚職摘発を権力闘争に使い、力を高めた。
鄧小平、江沢民、胡錦濤の各指導者の時代は国家の目標が経済成長だった。習氏は目標を変え、安全保障を重視した。悪名高い「反スパイ法」がこれに当たる。
■国際秩序に挑戦
外交面では鄧小平、江沢民、胡錦濤の各指導者の時代は米国や日本との関係も比較的安定していた。経済成長に寄与する国際環境の整備が重要だったためだ。
これに対し、習体制となり、やられたら倍返し、「戦狼(せんろう)」外交に変わった。国際秩序に挑戦する姿勢が目立つ。
中国は現在の国際秩序を築いたのは米国で、長期的に米国と闘争し、必ず自らが上に立つと狙っている。
一方、中国は現実的で、現在の国力は米国に及ばないことも分かっている。このため、短期的には対米で安定を求めている。グローバル・サウスの国々を自陣に引き込み、国数で米側を上回ろうとしている。
■トランプ氏に懸念
米国のトランプ大統領は中国には極めて都合の良い存在だ。バイデン前大統領と異なり、民主化や人権問題を指摘せず、国際社会のリーダーの地位を自ら壊しており、ありがたい存在だ。
トランプ氏の任期は約3年しかない。米中間で多少歩み寄り、小さな合意がある可能性はある。懸念されるのは、台湾問題やハイテク製品の中国への供与制限などで、トランプ氏が中国に有利な合意をしてしまう事態だ。
日本は早く、リーダーを決め、物価高に対応し、外交に注力しないと大変な状況になる。
◎質疑応答
――習体制が終われば一人独裁はなくなるのか。
今の体制は習氏がおり、維持できている。習氏が去れば集団指導体制に戻ると思う。ポスト習体制をつくる際、民主的な要素、(共産党内の)民主が重要になるだろう。
――中国の農村が疲弊している。不満が革命を招く事態は想定するか。
いや、農村部には中国共産党の支持者が多い。東京電力福島第一原子力発電所で処理水の海洋放出が2023年に始まり、在北京日本大使館には1日で4万件以上のいたずら、無言、嫌がらせ電話があり、発信元は地方の共産党支持者だった。
講師プロフィール
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垂 秀夫 氏 前駐中華人民共和国特命全権大使・立命館大学教授
1961年大阪府出身。85年京都大学法学部卒業ののち、同年外務省入省。95年駐中華人民共和国大使館一等書記官。99年駐香港日本国総領事館領事、2008年アジア大洋州局中国・モンゴル課長、11年駐中華人民共和国日本国大使館公使。
15年大臣官房審議官(アジア大洋州局)、19年大臣官房長などを経て20年から23年12月まで駐中華人民共和国特命全権大使。24年からは立命館大学教授、慶応義塾大学総合政策学部特別招聘教授。