読売ビジネスフォーラム(北海道)講演概要

「リーダーと危機管理 北海道を守った樋口季一郎」

樋口 隆一  氏 明治学院大学名誉教授・音楽学者

開催日2021年9月15日 (水)
会場 ニューオータニイン札幌/正午~

 明治学院大名誉教授(音楽史)の樋口隆一さん(75)は、戦時中のユダヤ人難民の救済で知られる祖父の樋口季一郎・元陸軍中将の生涯を紹介し、「いくつもの歴史の転換点を第一線で経験し、そのたびごとに決断を迫られた」と語った。

 隆一さんは西洋音楽史が専門で、特にバッハの研究で知られる。大学を定年退職後、祖父の事績を調べ始め、昨年、遺稿集「陸軍中将樋口季一郎の遺訓」を出版した。季一郎氏の銅像を故郷の兵庫県・淡路島とゆかりのある北海道に建設することも計画している。

 季一郎氏は満州(現中国東北部)でハルビン特務機関長を務めていた1938年、ナチスドイツの迫害を逃れてきたユダヤ人難民が満州入りを認められずにソ連側の国境で足止めされた際、ビザ発給を満州国外交部に指導した。難民らは満州経由で外国に脱出し、一説には2万人が救われたという。

 隆一さんによると、祖父が同盟国ドイツに同調せずにユダヤ人救済の決断を下せたのは、海外駐在経験で培われた国際感覚が背景にあった。ドイツの反ユダヤ人政策に距離を置くことが日本の国益につながるとし、「単に感情で助けただけではない」と強調した。

 季一郎氏は北方担当の軍司令官として、アリューシャン列島のアッツ島での玉砕戦やキスカ島撤収作戦を指揮した。日本の降伏前後にソ連軍が南樺太、千島列島に侵攻した際には防衛戦を率い、北海道占領を阻止。ソ連がもくろんだ日本の分割統治を防ぐのに貢献した。

 戦後の季一郎氏は、多くの犠牲者が出たアッツ島を描いた水彩画に向かって毎朝礼拝していたという。「大変な時代をくぐり抜け、苦しみもたくさん背負っていた」と隆一さんは語った。

◆講演のポイント

▽リーダーには知識が必要

樋口季一郎氏がユダヤ人を助けたのは国際社会での日本の位置を考えたから。同調圧力に流されないために、リーダーには知識がなければならない

▽国ごとに異なる常識

世界には国ごとに様々な常識があり、日本とは思考回路が違う。それを知らないと大きな痛手を受ける

▽北海道占領を阻止した防衛線

季一郎氏が指揮した南樺太、千島列島の防衛線は、ソ連がもくろんでいた北海道占領を阻止し、日本の分割統治を防ぐことにもつながった

講師プロフィール

  • 樋口 隆一  氏 明治学院大学名誉教授・音楽学者

    祖父は、ナチスの迫害から多くのユダヤ人を救出し、第五方面軍司令官としてスターリンの北海道占領計画を阻止した人道主義者、樋口季一郎陸軍中将。昨年、石狩市に功績を称える記念館が開館。

    1946年東京生まれ。音楽学者・指揮者。DAAD友の会会長。音楽三田会会長。慶應大学文学部卒、同大学院博士課程在学中にドイツ留学。帰国後、音楽学者、指揮者、評論家として多彩な活動を展開。2000年、明治学院バッハ・アカデミー芸術監督。『バッハ』、『バッハ カンタータ研究』、バッハ《マタイ受難曲》など著訳書CD多数。