読売ビジネスフォーラム(北海道):講演概要
ウクライナ危機 その背景と国際的影響
廣瀬 陽子 氏 慶應義塾大学総合政策学部 教授
慶応大教授の廣瀬陽子氏(50)が「ウクライナ危機 その背景と国際的影響」と題し、約130人を前に講演した。ロシアによるウクライナ侵略について、戦争の背景や特徴、今後の展望などについて解説した。
廣瀬氏は国際政治や旧ソ連地域の研究が専門で、政府の委員も歴任している。冒頭、ロシアの外交戦略の根幹となる「勢力圏構想」について説明。ロシアが勢力をもつ旧ソ連の領域に向け、拡大している北大西洋条約機構(NATO)の動きを踏まえ、ウクライナは「重要な緩衝地帯だった」と背景を解説した。
今回の戦争は、経済制裁や情報戦などに実際の戦闘を組み合わせた「ハイブリッド戦争」だと指摘。米国などと比べ軍事予算が少ないロシアにとって、正規の軍より安いコストで運用でき、国際的な影響力も高いなど利点があるという。
廣瀬氏は「ハイブリッド戦争の黒幕」ともいえる人物として、エフゲニー・プリゴジン氏の名前を挙げた。民間軍事会社「ワグネル」の創設者で、ホットドッグ販売などで財をなし「プーチンのシェフ」とも呼ばれる。「ロシアの研究者と議論したとき、『プリゴジンと良好でなければプーチンの後継者になれない』と言っていた」といい、内政への影響力も大きいことがうかがえるという。
今後の戦況については、どちらかの勝利で終結する可能性は低く、長期化するとの見方を示した。今後始まるというウクライナ軍の大規模な反転攻勢が命運を分けると指摘。「風化させず、我がこととして支援し続ける必要があるのではないか」と締めくくった。
講義後、参加者からは「北方領土返還について、どうロシアと接するべきか」という質問が出た。廣瀬氏は、2020年にロシアが領土割譲を禁止する憲法改正を行ったことを踏まえ「『国境をどう設定するか』という議論に持ち込めばぎりぎり交渉の可能性はあるが、ロシアは次々と日本との関係を断つ行動に出ており、返還交渉は厳しくなっている」と述べた。
◆講演のポイント
▽戦争の背景
旧ソ連や旧共産圏へ向けNATOの勢力が拡大する中、ウクライナは重要な緩衝地帯だった。プーチン大統領は、「武力を使わず3日で落とせる」という誤った情報を信じて戦争を始めた
▽ハイブリッド戦争とは
サイバー攻撃や情報戦、軍事的脅迫、正規軍の戦闘などが組み合わさった戦争の手法で、コストが安い。今回、民間軍事会社が大きな役割を担っている
▽今後の展望
近く始まるとされるウクライナ軍の大規模な反転攻勢が、今後の命運を分ける。大負けすれば、「支援してもしょうがない」と考える国が出てくる可能性も
講師プロフィール
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廣瀬 陽子 氏 慶應義塾大学総合政策学部 教授
1972年東京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、同博士課程単位取得退学。学位は慶応義塾大学博士(政策・メディア)。
静岡県立大学国際関係学部准教授、慶應義塾大学総合政策学部准教授などを経て、2016年より現職。
専門は国際政治、旧ソ連地域研究。国家安全保障局顧問など政府の委員等も数多く歴任している他、『コーカサス―国際関係の十字路』、『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』など著書も多数。