読売ビジネスフォーラム(北海道):講演概要
修羅場る経営
井上 慎一 氏 全日本空輸株式会社 代表取締役社長
国内大手の航空会社トップは、コロナ禍による創業以来最大の経営危機をどう乗り切ったのか。全日本空輪(ANA)の井上慎一社長(65)が、「修羅場(しゅらば)る経営」と題して講演した。日本初の格安航空会社(LCC)で得た経営ノウハウを生かし、業界全体の逆境も「勝てるチャンスと思っていた」と明かし、約130人の参加者をうならせた。
井上氏は三菱重工業を経て、1990年に全日空に入社。2011年、LCCのピーチ・アビエーションの初代最高経営責任者(CEO)に就任した。
「全くゼロからのスタートだった」といい、江ノ島電鉄(神奈川県)を眺めていて、電車のように気軽に空の旅を楽しんでもらうことを目指した。若い女性をターゲットにした需要発掘や、SNSで「バズる」話題を提供し予算をほぼかけない広告宣伝などの「やりくり経営」といった、革新的な経営で高収益を実現した。
20年に全日空の代表取締役専務執行役員になり、22年に代表取締役社長に。20年からのコロナ禍で世界中の航空需要が消失し、全日空も未曽有の経営危機に陥ったが、「LCCを始めた時も、修羅場だったじゃないか」と、悲観的にならなかったという。
「ピーチの経験を、この有事に生かせるのではないか」と全日空に取り入れたのが、「やりくり経営」や、「顧客起点」というピーチの時の考え方だった。全社員を対象に新規事業を提案してもらう制度を設け、需要がなく飛ぶ機会のない飛行機を活用した「機内レストラン」、廃棄する航空機の部品を加工した商品作りなどのサービス、事業を次々と展開。コロナ禍後も、革新的なアイデアを出す人材の輩出につながっていると説明した。
講演の最後に、参加者との質疑応答が行われた。「コロナ禍の逆境で自らをどう鼓舞したか」と問われた井上氏は「世界中の航空会社がみんな困っている中で、一歩抜け出たら他社に勝てる。わくわくしないか」と社員に話したエピソードを披露した。
また、「若い社員に伸び伸びと仕事に取り組んでもらうため心がけていることは」という質問には、「彼らの主体性を尊重しながら背中を押して助けてあげること。『俺についてこい』はダメ」と説いた。今後の北海道への期待について問われると、井上氏は「(次世代半導体の国産化を目指す)ラピダスの進出で変化が起きるのではないか」と話していた。
◆「ピーチ」の経営から学び「ANA」に生かした知見とノウハウ
▽「顧客起点」で考え、生活様式の変化に合わせた新しいサービスを開発し、顧客の日常にも接点を持つ
▽「予算はなくても、やりようはある」という「やりくり経営」
▽「バットは振り続けないと当たらない」。チャレンジした回数で評価する
講師プロフィール
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井上 慎一 氏 全日本空輸株式会社 代表取締役社長
神奈川県生まれ。1982年早稲田大学卒業後、 三菱重工業株式会社勤務を経て、90年、全日本空輸株式会社に入社。
北京支店総務ディレクター、アジア戦略室長、LCC共同事業準備室長を歴任。 2011年、日本初のLCCとなったPeach Aviation株式会社 代表取締役CEOに就任。
在任中はコスト削減を徹底しながらブランドの認知度を高め、経営を軌道に乗せ、19年には同じANAHD傘下のLCCバニラ・エアと統合。成田と関空の2拠点体制を作った。
20年、全日本空輸株式会社代表取締役専務執行役員に就任し、22年4月より現職。