読売Bizフォーラム東北:講演概要
「災害を生き抜くために」
野口 健 氏 アルピニスト
「何か一つ、自分にできることはないか」。アルピニストの野口健さん(47)が被災地で行ってきた支援活動での「気付き」を語った。
東日本大震災、2015年のネパール大地震、16年の熊本地震と、何度も被災地に足を運び、被災者支援に携わってきた。「災害の専門家のように紹介されるが、自分は“山屋”。山を登っている人間の視点から、何ができるかと考えているうちに、活動につながった」
大震災では、テレビで被災地の映像を見た時、雪が降る中で体を寄せ合う被災者の姿が目に留まった。「布団はかさばる。あっ、小さくなって軽い寝袋だと思った」。自身のツイッターでつぶやくと、海外からも寝袋が届き、東北の避難所を回って飲食料品とともに渡した。
「東京にいると、現場のニーズが分からない」。被災の現場で気付いたことは多い。ネパール大地震の際は世界最高峰のエベレストに向かっていた。家屋が倒壊した現地でブルーシートを雨よけにして寝る被災者を見て思いついたのが、家族で過ごせる大型テントの提供だった。
度重なる被災地支援で疲れ果て、熊本地震が起こった時は「山の中に逃げた」という。そんな時、被害を知ったネパールの知人から国際電話で「恩返しをしたい」と相談を受けた。「バットで殴られたようなショックを受けた」。現地で復旧作業を続けながらも数万円ずつ送ってくれる姿に胸が熱くなり、熊本での支援に乗り出した。
大きな被害を受けた熊本県益城町の運動公園で、被災者向けのテントを提供。「テント村」の運営に携わった。参考にしたのは、登山時に作るベースキャンプだ。「テント村は仮設住宅が出来るまでのつなぎ。身近な人を失い、極限状態で来た人たちが前向きになれるような空間をどう演出していくかが大事」と語った。
救援物資が十分にない時、行政などが重視する「公平性」が障壁になり、各避難所では配布が滞ることもあったという。「災害時、公平性に縛られると、アクションが起こせなくなる。災害と公平性の関係性は議論しておいた方がいい」と指摘した。
講演を聴いた東北電力総連の伊藤佳記事務局長(50)は、「有事には多くの制約を乗り越える突破力が必要と感じた。壁にぶつかっても立ち上がる人材を育てたい」と話した。
講師プロフィール
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野口 健 氏 アルピニスト
1973年アメリカ・ボストン生まれ。10代から登山を始め、1999年のエベレスト登頂で、七大陸最高峰登頂の世界最年少記録を樹立(当時)。
エベレストや富士山などでの清掃登山や、野口健環境学校の開設のほか、ネパールの子どもたちの教育支援や森林再生にも取り組む。
東日本大震災や熊本地震での災害支援活動にも尽力。著書に「震災が起きた後で死なないために」(PHP新書)などがある。