読売Bizフォーラム東北:講演概要
東北で「書く」ということ
柚月 裕子 氏 作家
「東北は感受性を豊かにしてくれる土地」ー。7月2日、作家の柚月裕子さん(56)が「東北で『書く』ということ」をテーマに、故郷への思いや創作の原点について語った。
柚月さんは岩手県出身で、現在は山形市で暮らす。40歳でデビューし、広島を舞台に刑事とヤクザの戦いを描いた小説「孤狼の血」など、多数の作品が実写化されている人気作家だ。
東北地方を舞台にした作品も多い。読売新聞夕刊で連載された小説「風に立つ」では盛岡市で南部鉄器工房を営む父子を描き、事件捜査と将棋を絡めた「盤上の向日葵(ひまわり)」には山形県天童市や岩手県遠野市などが登場する。
その理由について「私の作品は、どう生き延びるか、どう今の問題と向き合っていくかを取り上げている。寒い土地は常に死と密接に関係があり、創作の原点になる大事なもの」と明かした。その上で「冬は厳しいけれど、それを乗り越えたときの日差しの温かさ、風の爽やかさ、青空の美しさが、とても感受性を豊かにしてくれる」と語った。
東日本大震災で岩手県宮古市に暮らしていた父と義母を亡くした。「当事者側として震災を書かなければ」と、東北地方を舞台にした犯罪小説「逃亡者は北へ向かう」のプロットを震災の1、2年後には書き上げた。それでも、地震や津波の夢を見ることもあり、つらくて筆が思うように進まなかったという。震災から8年ほどがたち、同県釜石市を訪れた際に成人式へ向かう若者たちの笑顔を見たことがきっかけで「私も歩き出さなければ」と奮い立ったという。
津波で両親の遺品も失われたが、「両親のかけらは私の中にいる。本当に大切なものは目に見えない。人生における羅針盤は父だと思っています」と話した。
一方、執筆の上で「ハッピーエンドやアンハッピーエンドを明確に書いている作品は少ない。この先いい方向に進んでいくと感じてもらえる終わり方にしている」といったこだわりものぞかせた。「小説で一番込めたい思いは希望。それを感じていただきたい」と力を込めて語りかけた。
参加した東北電力(仙台市青葉区)の五十嵐弘幸ソーシャルコミュニケーション部門長(56)は「前向きになれる作品が多く、読了後の爽快感が魅力。震災を乗り越えた経験が作品の深みにつながっているのだと納得した」と語り、ユアテック (同市宮城野区)の太田良治社長(68)も「芯の強さと東北人らしさを感じた。今後も東北を舞台にすてきな作品を生み出してほしい」と話した。
講師プロフィール
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柚月 裕子 氏 作家
1968年、岩手県釜石市生まれ。
2008年に『臨床真理』で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。13年に『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞、16年に『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。18年に『盤上の向日葵』で「2018年本屋大賞」2位。その他、『慈雨』『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』『暴虎の牙』『月下のサクラ』『ミカエルの鼓動』『教誨』など。
最新刊は故郷・岩手の南部鉄器職人を主人公にした家族小説で読売新聞に連載した『風に立つ』(中央公論新社)。